作品情報
作家・秋吉理香子のミステリー小説。
医者の英雄と結婚し幸せそうに見える絵里。
しかし彼女の本名は咲花子であり元夫を殺した証拠を一番近くで探していた。
当時の夫は転落死し何件もの詐欺を働いていた事を刑事から知らされる。
詐欺師の妻として自身もマスコミにたたかれる中、容疑者だった英雄が釈放されたのだった。希望を失いサイトで知り合った絵里と一緒に命を絶とうとしたが・・・。
ネタバレになりますのでご注意ください
ネタバレあらすじ/灼熱(秋吉理香子)
医者である英雄と新婚生活をスタートさせた絵里は身体を重ねるときも我慢しつまらない話にもなんとか耐える日々を送っていました。出勤する彼を見送ったあと探っても探っても疑わしいところがないのでイライラが積もります。
割ってしまった皿を拾う英雄が「ボーンチャイナ」と書かれているのを見て「実際に骨が混ぜ込まれているんだよ」と言いました。
絵里は気味が悪くなって「ボーンチャイナ」の皿をすべて捨てました。前の夫・忠時の火葬を思い出し気分が悪くなってトイレに駆け込みます。
1年半前、忠時が転落死したと警察からいきなり電話がありました。
絶望感を味わうが自分が借りていたベランダから転落したと聞いて驚きます。忠時は大手製薬会社に勤めていたはずだが半年前に辞め部屋を借りてサイトビジネスをしていたのです。
流産して鬱状態になっていた時であり自分に心配かけないように働いていたんだと思うが警察から投資詐欺をしていたと聞かされ言葉を失います。
そして通報者でもあり投資詐欺の被害に遭った医者の久保河内英雄が殺人容疑で逮捕されたのでした。
咲花子
2歳の時に母親は亡くなり父親は小学生の時に轢き逃げに遭って死亡しました。
閉鎖的な田舎で農業を営んでいた事から「仲間に犯人はいない、外の人だ」と圧力をかけられ誰も信用できなくなり東京にいる叔母に中学卒業まで面倒見てもらいました。
高校からは定時制へ通いながら住み込みで働きやっと自由になりました。そこで同じクラスとなったのが2歳年上の忠時でした。
お互い両親がいない事、そして何か変えなければと無理をしていた似たもの同士だったことから互いの気持ちを理解し合えすぐに交際が始まりました。
忠時は高校を卒業すると運良く大手製薬会社に入社し持ち前の頭脳とフットワークの良さで新薬開発の責任者に抜擢され中古のマンションを買いました。
「楽させてやる」と言ってくれた忠時と結婚し咲花子は流産し鬱病になったものの2人だけの世界のように感じとても幸せでした。
それぐらい愛する忠時を失って憔悴しゴミ捨てすらも出来なくなったが逮捕された英雄が否認していると聞き裁きを認めさせてやるという怒りが生きる気力に変わったのだが・・・。
釈放
忠時が投資詐欺をしていた事で咲花子も共犯だと疑われマスコミが押しかけるようになりました。
ワイドショーでも大きく取り上げられるようになり、英雄の妹は先天的な心臓病を患っており人工心臓開発への出費を持ちかけた事で弱みにつけ込んだ卑劣な詐欺だとたたかれます。
咲花子はどうしてもニュースで言っている人物像とギャップがあるため違和感を覚えます。
容疑者の英雄には支援者がいるのに被害者遺族である咲花子の見方は誰一人としていませんでした。それでも被害者である事は間違いないので起訴はまだかと警察に聞くと容疑者である英雄が「詐欺ではない」と述べていることを知ります。
それは動機がなくなる事を意味していました。
今まで被害届を出していた者たちも支払いがあった事で取り下げようとしていた事を聞かされます。英雄を裁くのは忠時が詐欺師である必要があるため咲花子は自分が証言すると言い放つが殺人ではなく事故であるという結論にいたり証拠不十分で釈放されてしまいました。
絵里との出会い
引き籠もりとなり寝ているだけの咲花子はインターネットの掲示板で「一人では寂しいので一緒に逝きませんか」というメッセージに目がとまります。
同じ年で女性だったこともあり咲花子は何回かやりとりして会うことになりました。
ハイキングコースを登り天窓付きのテントを広げ粘着テープで隙間を貼って密閉しました。睡眠剤を飲み練炭に火を点けて星を見上げながら眠るが翌朝、咲花子は激しい頭痛と共に目覚めてしまいます。
二人が眠ったあと大きな枝が真ん中に倒れたことで練炭のある空間とない空間に別れてしまい咲花子だけ助かってしまったのです。
天涯孤独と言っていた絵里の身分証を手にした咲花子は絵里に成り代わり英雄の罪を暴いてやると思い付き、すべてが終わったら戻ってくると伝え森を一人で降りていきました。
英雄は自分の顔を知っているはずなので咲花子は美容整形外科を訪ね副作用で痛みがあったが三ヶ月ほど経つと絵里そっくりになっていました。
そして、事件のせいで迷惑をかけてしまった心臓を患う英雄の妹・亜紀子だけは大事にする事を誓い、賭けではあったが支援する会にいたことを告げて英雄に近付いたのです。
疑問
台所で倒れた絵里は目が覚めると英雄に手を握られていました。相手の想いなど関係なく罰を与えるために最も憎い者のそばにいるため結婚したがすごく愛されている事に気付きます。
自分のために作ってくれる料理、包丁の音が心地よく感じます。英雄は眠らずにずっとそばで看病してくれました。二人の未来を描いている事に気付き自分の中に罪悪感がある事に気付きます。
久しぶりのデート、映画を見た帰り後ろでバイク事故が起こりました。駆け出す英雄は周囲の人に的確に指示を出し、心肺停止していた者を蘇生して絵里を置いて救急車に乗り込みました。
置いてけぼりされた絵里だったが人を救う事に夢中になる人が人を殺すだろうかと初めて疑問に思います。冷静になってみれば優しくてとても誠実な人です。
また今までは何があっても間接的に忠時のためになると思い行動していたが「忠時を裏切ってはいないだろうか」と悩むようになります。
それは心から楽しんでいる事、惹かれ始めているという事、1度諦めた子供を授かり幸せな家庭を想像してしまうようになっていたからです。
好きになってはいけない、許されない、これは忠時への裏切りだ。
結末
亜紀子の退院が三日後に決まり絵里は嬉しくて荷物の整理のため病室を訪れるが英雄が逮捕される直前にノートパソコンを預かっていた事を知ります。
これは警察が見付けられなかった証拠ではないのか。今までは証拠を必死に探していた絵里だったが今では何もない事を祈っている。
見ない方がいいと思いながらも確認すると人工心臓投資用のパンフレットのデーターが入っていました。
普通に考えてみれば医師である英雄が騙されるわけない。共犯というより主犯に思えてくる。
これ以上、見ない方がいいと思いパソコンを閉じるが帰ってきた英雄からパソコンのことを聞かれ咄嗟に持ち帰った荷物にはなかったと嘘を付いてしまいます。
何気なくパソコンで何してたのか聞くと急に話が不自然になり「絵里ちゃん」と呼んでいたのに「君は」に変わりました。見たことない英雄の一面を見てしまい夜中にパソコンを立ち上げると画像のファイルには「咲花子だった頃の私」の写真が並んでいました。
そして英雄が興信所に頼み咲花子の調査を依頼していた事が分かり「行方不明」のままで終わっていたがもしかして正体に気付かれているのではないかと思い背筋が寒くなります。
殺されるまえに何とかしなければ・・・凶器になりそうな物を隠しアイスピックを寝室に隠しました。
灼熱
亜紀子と一緒に住むようになりこれまで通り接する絵里だったがパソコンにUSBを差し込むと「もういいよ」と亜紀子が部屋に入ってきました。
亜紀子は最初に絵里に会ったとき「お兄ちゃんに惚れてない」と気付きメールでマルウェアを送って監視していたのです。しかし途中から絵里は本当に惚れている事が分かり嬉しかったが最後にテストするためパソコンを渡したのです。
絵里がパソコンをチェックするたびに亜紀子の元に送られ遠隔操作で誰がチェックしているのか確認していたのです。信じて渡したのにと亜紀子はパソコンを振り上げ床にたたきつけました。
「お兄ちゃんが殺したの知ってるんでしょ、私はお兄ちゃんがいないとダメなの」
亜紀子は絵里が隠していたアイスピックを掴み迫るが気付くと間に入った英雄の胸に突き刺さっていました。
「これでいいんだ。罪を償うよ」
本当に忠時を殺していたのかと驚く絵里だったが「違うよ、もし君が咲花子だったら僕が殺したのは君のお父さん」と言われ何が何だか分からなくなります。
あの日、亜紀子を乗せて車を飛ばしていた英雄は妹が急に苦しみだしたので急いで病院に戻る途中に轢いてしまったのです。自首しようとしたが妹が自分のせいでと責任を感じていたので自首するのを止め疎かにしていた勉強に真剣に取り組み医者になったのです。
忠時が大手の会社に入れたのは裏で英雄が手を回していたからでした。守れる人が出来たのでもういいと思い様子を見に行くことを止めたがやがてリストラに遭った事を知り探ると彼は詐欺をしていました。
資金はすべて出すからと人工心臓開発の話を持ち出しビジネスパートナーに誘いました。詐欺で訴えられないためにも金を渡し精算してもらいました。
慰謝料としてずっと貯金してきたお金だったので間接的に咲花子を助けられると安堵していたが彼は何かやっかいな事件に巻き込まれていると疑いだし手を引くと言ってきました。
仕方なく父親を轢いてしまったから償いたいのだと正直に話すと忠時は激怒し今まで渡した資料を外に放り出し、英雄がすべて回収しようとしたところ忠時が落下してきたのです。
釈放された時に正直に謝罪しに行こうと思ったが咲花子が行方不明になっていたので興信所に頼んでいたのです。
絵里と出会い徐々に自分の未来を見るようになってとても幸せだったが倒れて頭をなでたときに整形している事に気付き「支援の会」に絵里の名前がない事を知って咲花子ではないかと疑いました。
近付いてきたのは自分を裁くためだ、アイスピックを隠したのを見たとき殺人犯には出来ないと思い自首を決めたのです。
絵里は英雄が残してくれた手紙を読み何でこんなすれ違いが生じたのかと悲しくなります。
英雄は過去に轢き逃げしたことで病んでいて衝動的に自害したと処理されました。妹を殺人犯にしたくないはずだと思い絵里もそのように供述しました。
絵里と亜紀子は崖に立ち海に向かって遺灰が入った壺を傾けました。二人で涙を流し「今でも憎んでいる」と聞かれた絵里は自分の感情がわかりませんでした。
二人で沈みゆく夕陽をいつまでも眺め続けました。
感想
常に展開しているし読みやすく緊迫感が伝わってきました。
ただ、忠時は何で身を投げたのでしょうか、これは無責任ですよね。リストラに遭ったとしても詐欺を始めるのは「幸せにする」とは言わない。裏切り行為です。
読んでいて英雄は絶対に殺してはないだろうと思っていたが父親の方だったか。妹の心臓移植に適合する人物を探しているのではないかとか考えすぎてしまった。
こんなにすれ違うとは言葉にならないし感情が行く着く場所も見付からない。